代表ブログ
サッカーから感じた自身の価値観
投稿日:2026年1月18日
私は海外サッカーが好きで、よく試合を観戦します。 ピッチ上の攻防を眺めていると、単なる勝敗以上に、組織論や「規律と自由」といったテーマについて深く考えさせられることがあります。
世界的な名門クラブに、レアル・マドリードというチームがあります。 チャンピオンズリーグを3連覇するなど、輝かしい実績を持つスター軍団です。私はこのチームがあまり好きではありません。
彼らのサッカーは、個々のスター選手が即興でプレーしている感覚が強く、組織だった戦術の緻密さを感じられないからです。実際に、試合前のミーティングで監督が放つ言葉は「お前らはレアル・マドリードの選手だ。勝つだけだ」というもので。戦術もへったくれもありません。
もちろん、それでも彼らは勝ちます。試合終了間際の劇的なゴールや、個人のスーパープレーで試合をひっくり返す。 しかし、私の目にはそれが「再現性のある勝利」には映りません。だから、どうしても好きになれないのです。
一方で、私が好むのは「規律」を重んじるチームです。 遅刻は厳禁。戦術を徹底できない選手は、たとえスターであっても起用しない。 全員が共通認識を持ち、スペースを意図的に作り出し、攻撃も守備も組織的に設計されている。そこには偶然ではない、必然の崩しがあり、守備の安定があります。私はそこに美しさを感じます。
ここでふと、自分自身の性格を振り返ると、一つの矛盾に気づきます。 私自身は本来、誰かに何かを強制されたり、ルールで縛られたりすることが嫌いだからです。「自分の意志で動く」ことを何より大切にしています。どちらかというとレアル・マドリードを支持する性格だと客観的にみて感じます。
自分の気質とは真逆であるはずの「規律あるチーム」になぜ惹かれるのか。 深く掘り下げて考えてみた結果、ある一つの答えに行き着きました。
私は「ルール」そのものが嫌いなのではなく、「無駄な慣習」や「非効率なルール」が嫌いなだけなのだと。
目的を達成するために緻密に設計されたシステムや、そこにある知性、論理的必然性。これらはむしろ大好きです。 自身で考え論理的に正しいと信じられる道を突き進むことは、誰かに従わされているのではなく、自らの知性で「正解」を選び取っているというプライドでもあります。
「論理的に正しいことを、徹底して遂行する」
それは窮屈なことではなく、むしろ「自分の意志で動く(=自分で考えて正解を選ぶ)」という価値観そのものなのだと気づきました。
ビジネスにおいても同じです。 ただ縛り付けるだけの規律は不要ですが、勝利(目的達成)のための論理的な規律は、大切だと感じます。。
サッカーの好みから見えた、私の仕事にも通じる価値観です。
